いっくんです
こないだなほちが札幌にきたときに「52ヘルツのクジラたち」という映画を見たのでそのはなしをします
※ここからはネタバレも含みます
僕はもともと小説をよんでいたので
アンさんがトランス男性なことも
それをキナコのパートナー(DVサイテー漢)がアンさんのお母さんに派手にアウティングすることもしってはいたのですが
それを映像でみると、なんともえぐいものがありました
きっと多くのトランスにとって、親へのカミングアウトや理解を求めることは他人よりもむずかしくって
きっと親も、待望のオンナノコとして、娘に託している想いや期待ってあると思うんですよね
余談ですが、赤ちゃんが生まれたとき、必ず
「おめでとうございます!元気なオトコノコ/オンナノコです!」
って、助産師さん言いますけど
生まれてきて一番最初に伝えられるのが性別って
それだけ性別って生きていく上で大事な要素なんだと思います
だから僕もアンさんも、自ら身体に悪い治療をして、高いお金を払って身体にメスを入れて、在りたい自分、生きたい姿を目指すのかなと
でも、
アンさんが、自分がトランスだからキナコに想いを伝えられない、というのは文学的に美しいのかもしれませんが、
現実的にはただの言い訳で、弱さではないかと思ってしまいます
確かにトランスジェンダーのパートナーは大変です
苦労もかけます
いわゆる女性としての幸せ、みたいなものは提供できないかもしれません
僕もがんばってもなほちとの子どもは持てませんし
でも、だからこそ
キナコの人生を変えるほどの力のあるアンさんだからこそ
2人だけのかたちで魂の番になって、2人だけの幸せを築いていけたんじゃないかと、思ってなりません
あんな嫌がらせをして別れさせようとするくらいなら、
自分の想いに素直になったほうが、仮にキナコがアンさんを受け入れられなかったとしても
2人の未来はパートナーという形でなくてもあったのかな、って思ってしまいます
メディアでトランスジェンダーを扱う時って、割と悲劇的に描かれますが
実際僕も絶望感に打ちひしがれることもいまだに多々在りますが
差別もあるしいろんなところにハードルはあるし、それなのに病気や障害じゃなくて個性とか言われるし
いろいろ踏んだり蹴ったりだけど
でも未来は自分で切り拓いていくものだと僕は思ってなほちに想いを伝えました